清子の思ひで
翌日、おずおずと課長に申し出た。課長は引きとめもせず許可してくれた。かえって気が楽になった。いまでも、丸の内を通ると思い出す。女性ながら必死に働く女性社員、そこには女のうるおいも暖かさもなく、遮二無二働く姿は立派だが、何か割り切れない疑問も残る。当時の民間会社の縮図だったのかもしれない。「三日にして、その会社の悪い面がわかる」、私は自分で経営をはじめるようになった時から、よい教訓として、先輩社員が新入社員を迎える心構えを説き続けている。
食べ物の恨みは怖いという。日立の食堂での悲哀も参考になった。ご飯だけは最後まで気をつけて、十分食べさせるよう、食事担当者には厳重に言い渡し、実行させてもいる。
指示通り、三日後には内務省に初登庁する。こんどは高等官の秘書を命ぜられた。雰囲気は全くちがっている。「君は試験で一番だったよ。とくに数学はよくできていた。だから数学関係の仕事をしてもらうが、当分はぼくの秘書になって下さい」、丁寧にいわれて恐縮してしまった。帝大出の高等官松村氏は背が高く、学者風であった。数学で師範を落とされ、数学で内務省に拾われた。私の人生の別れ道であった。
次回予告
「第十三回 お給料、有り難うございました」 10月末更新予定