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「平清盛」の舞台を訪ねる旅

第4回 清盛の独裁と福原遷都 栄華から凋落へ

武士の頂点に立ち、朝廷での存在感を強める清盛を支えたのは、宋をはじめとするアジアの国々との交易で得た巨万の富でした。

清盛は古くから瀬戸内海航路の要衝だった大輪田泊(現在の兵庫港、神戸港)を、私財を投じて修築し、交易の拠点を博多津(現在の博多港)から大輪田泊へと移しました。そして摂津福原(現在の神戸市)に別荘を構え、豊かな国づくりを目指して自ら経営の指揮をとりました。

一族の繁栄のためにまい進する清盛と、院政確立を目論む後白河院。二人は密接に関わりながらそれぞれの野望を果たしました。
しかし、鹿ケ谷事件をきっかけに清盛は後白河上皇やその近臣を退け、実質的に朝廷を支配して独裁的な政権を樹立。まさにこの世の春ともいえる絶頂期でした。

武士である平家の隆盛は貴族や寺社の反発を招き、平家打倒がささやかれるようになりました。それを察知した清盛は、逃げるように福原遷都を強行。前は瀬戸内海、背後には屏風のようにそそりたつ山地に守られた福原で体制を立て直そうとしましたが、わずか6カ月で京に戻らざるを得ませんでした。


荒田八幡宮
荒田八幡神社
付近一帯に、平清盛の弟・頼盛の山荘があったといわれ、清盛公の邸宅の南西にあたるとされています。

荒田八幡神社
神戸市兵庫区荒田町3-99

史跡安徳天皇安在所址
史跡安徳天皇安在所址

福原遷都の際には、安徳天皇の安在所となりました。「史跡安徳天皇安在所址」。

福原遷都八百年記念の碑
福原遷都八百年記念の碑

昭和五十五年の福原遷都八百年の際に建立された「福原遷都八百年記念の碑」。
荒田町界隈
荒田町界隈

福原京の中心であった荒田町界隈。兵庫区の平野・荒田・石井・夢野あたりに平家一門の邸宅が点在。
神戸大学医学部付属病院の敷地からは平安時代末期の武家屋敷の二重堀や櫓の跡が発見されています。

結果的に福原遷都は、反平家勢力を強め、清盛を孤立させただけでした。さらに清盛が急逝すると、統率力を失った平家はいっきに弱体化し、源氏との戦いにも敗北。滅亡への階段を駆け下りました。

敦盛塚
敦盛塚

辺りは激しい死闘で知られる一の谷の合戦場跡。
わずか16歳で熊谷直実に首を討たれた平敦盛を供養するために、高さ4メートル近い花崗岩の五輪の塔が造られた。

神戸市須磨区一ノ谷町5丁目・須磨浦公園内
平重衛とらわれの松跡
平重衛とらわれの松跡

源氏の捕虜となった平家の副大将平重衡が、松の根に腰を下ろして悔し涙に暮れたと伝わっています。


神戸市須磨区須磨寺町1-13-1

平家落人伝説の里

横倉山

横倉山 (高知県越知町)

源平の戦いに敗れた、源氏の追討を逃れた安徳天皇が、従臣たちに守られて最後にたどり着いた地とされています。伝説では、帝はこの地でひっそりと暮らし、23歳で崩御されたとか。

全国に数多い平家落人伝説の里の中でも、陵墓の参考地として宮内庁から指定されている5ヶ所の内の一つ。安徳天皇が従臣たちと蹴鞠をして遊ばれた所との言い伝えから、"鞠ケ奈呂陵墓参考地"とも言われています。

陵墓参考地は111段の広い立派な石段を上り詰めた所にあり、御影石の二重の玉垣によって取り囲まれています。安徳天皇が乗馬の練習をされたという御馬場跡、帝の従臣を祀った平家の宮、安徳天皇の用水に供したと伝わる安徳水、天皇の避難所にあてたといわれる平家穴など、信ぴょう性をうかがわせる史跡が点在しています。


画像提供:高知県越知町

大河ドラマ衣裳考証 小泉清子

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